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とあるアライグマのゲーム日記

niconicoで実況しているキャプテン・がばいとのSM以降のブログです。

主にポケモンSMシングルレートで使用した構築を書き綴っていきます。

東日本大震災

皆さんがばちゃすっ!キャプテン・がばいとという者です^^*

さて,今回はタイトルの通り東日本大震災についてです。もうあの大災害から実に6年もの月日が流れたんですね。私は埼玉の人間でありますが,あの大地震の瞬間を未だに鮮明に覚えています。

 

あれは私は小学6年生の時,5時間目の授業が終わり通学班会議の教室に移動している最中でした。教室に着いた直後に初期微動(地震における最初にやって来る小さな揺れの事です。地震はP波とS波という2つの波で構成されていて,初期微動はこのP波によって引き起こされる揺れです。因みにS波によって引き起こされる揺れを主要動と言って,これがメインの大きな揺れです。マグニチュードが大きければ大きい程この2つの波は大きい波になり,震源から近い場所の震度が大きくなります)を感じた後,大きな揺れを感じ,すぐさま近くの机に潜り込みました。

正直自分自身はそんなに大きな揺れとは感じ無かったんですが,水槽から水が零れて黒板が濡れていましたし,泣き出す子達もいたので,これは只事では無いと直ぐに悟りました。

揺れが小さくなった後,校長先生の放送アナウンスの下校庭に避難し,すぐさま児童の確認が行われました。その確認中にもずっと微妙に揺れており,数分後に再び非常に大きな揺れが私達を襲いました。流石に2回連続で巨大地震が発生したのには私も恐怖しました。

しかし今改めて考えると,これだけの大地震と大人数で怪我人が1人も出なかったのは,普段から先生方の適切なご指導の下全員がきちんと避難訓練に参加していたからかな,と思います。そういう意味では先生方に非常に感謝しています。

 

帰宅したらまず一番気にしたのは自宅の様子です。まぁ多分誰しもがまず心配する事だとは思いますが……。外は灯篭が倒れたり石床に亀裂が走っていたりしていたんですが,幸い内は壁に一部亀裂が入っていたり小物が少し落ちたりしていた程度で,大事には至っていなかったので安心しました。

 

その後テレビで津波の悲惨な映像が流れて来たり,計画停電等,暫くは大変な日々が続きました。特にあの津波の映像が流れる度に胸が締め付けられるような思いで一杯になりました。

 

現在は以前と変わらぬ生活を送っており,この春大学に進学する事も決まっております。しかし,6年経った現在でも,津波による被害や福島第一原発の爆発事故による影響で,亡くなってしまって進学する事もままならなかった方や,元の住まいに戻りたくても戻れない方が居るのも事実です。今回この記事を書いて,現在楽しく生活出来ている事がどれだけ幸せかという事が再確認出来たような気がします。

現在も未だ復興の終わっていない現状の映像を見ると,何も出来ずただ見ているだけの自分に歯痒さを感じて腹を立てる時もあります。しかし応援,これだけでも被災された方々の心の支えになる僅かながらなるのではと思い,震災のニュースを目にしてはエールを送っております。東北の皆さんも一所懸命に生きている,それに負けないように必死に生き,実況活動をして皆さんを笑顔にする,これが今の私に出来る事なのではないかと今感じております。

 

という感じで,今回は少しシリアスな記事をお送りしました。それでは今回はこの辺で。じゃばいと!ノシ

 

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